お茶の科学(サイエンス)
茶成分による癌細胞アポトーシス誘導
静岡県立大学・食品栄養科学部
伊勢村 護
アポトーシスはいわば細胞の自殺死です。一九七二年にKerrらによって、死につつある細胞の形態がアポトーシスと命名されました。細胞の自殺死は生理 的にコントロールされていますが、このコントロールの異常が癌や他の疾病に関係していると考えられます。多くの抗癌剤は癌細胞にアポトーシスを誘導するこ とが知られており、逆にアポトーシス誘導物質には抗癌作用があると期待されるわけです。
最近、カテキン類が種々の癌細胞のアポトーシスを誘導することがわかってきました。アポトーシスの判定にはいろいろの方法がありますが、私たちは①アポ トーシス小体の生成、②クロマチンの凝縮、③DNAラダー(梯子)の形成を引き起こし(図)、④そのDNAラダー形成がカスパーゼ阻害剤により阻害される ことを確認することによって、アポトーシスの誘導の有無を判定しています。カスパーゼはアポトーシスの実行分子として中心的な役割を果している蛋白質分解 酵素で、何種類かあることが知られています。
ヒトリンパ腫U937細胞は、一〇〇~四〇〇 のエピガロカテキンガレート(EGCG)の存在下で培養すると、アポトーシスを起こすことがわかりまし た。しかし、カテキン類を加えていないコントロールや(+)カテキンの場合には、アポトーシスは観察されませんでした。EGCGはまた、ヒト胃癌 MKN45細胞や大腸癌WiDr細胞にもアポトーシスを誘導しました。
他の様々なカテキン類のアポトーシス誘導活性を調べた結果、この活性にはカテキン構造中にピロガロール構造が一つはあることが必要であり、B環のピロガ ロール構造がより重要であること、ガレート基中のピロガロール構造がメチル化によって壊れると活性が低下すること、ガレート基の活性への増強寄与はB環と 同じ空間配置シスの関係の場合にのみ起こること、などが明らかになりました。
最近、緑茶、紅茶、ウーロン茶、プーアル茶の各熱湯抽出物を各種有機溶媒で抽出し、残りの水溶性画分を水に対して透析して得られる分子量一万二〇〇〇以 上の画分にも、U937細胞、ヒト胃癌細胞、大腸癌細胞などにDNAラダー形成を誘導する活性が見つかりました。このように、茶のカテキン類のような低分 子物質や、茶の高分子成分が癌細胞を自殺に追いやることが明らかになりました。
これらの結果は、お茶を飲むことは胃癌や大腸癌の予防につながることを示唆していて、緑茶飲用と胃癌リスクが逆相関するという疫学調査の結果を理由づけるものといえます。
EGCGによるヒト胃癌細胞のアポトーシス誘導 (400μM(3)、200μM(4)および100μM(5)の EGCGによってDNAラダー形成が観察される。 1:サイズマーカーDNA、2:コントロール) |
(いせむら まもる) 月刊「茶」2000年3月号より